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【書評】ルーマニア・マンホール生活者たちの記録

 
 1970年代から80年代のルーマニア。経済崩壊、堕胎の禁止と多産の奨励、政府の国民生活への介入と厳罰主義……チャウシェスクのさまざまな失政で孤児が大量に生まれた。彼ら街にあふれた孤児たちは、厳寒のブカレストにおいて、マンホールを棲み処とするようになった。その後、チャウシェスクは失脚するが、政権崩壊後の混乱の中で、マンホールチルドレンは、さらに拡大していき、今もなお、ルーマニアの深刻な社会問題のひとつである。

 本書は、そんなブカレストのマンホールに入り、彼らと交流した日本人作家の記録だが、耐えがたい悪臭と不衛生な環境のマンホールの中で生きる子供たち・若者たちが、私たちの予想を超えるはるかに悲惨な現実を生きているであろうことは、読もうと思った瞬間から、ある程度は予測できるものだ。

 それでその部分については、ともかくなのだが、予想外に印象的だったのは、作品の随所で解説されるチャウシェスク政権の実態である。チャウシェスクのそれが我が国の安倍政権をあまりに彷彿とさせるので、そっちの方が心に残ってしまった。

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 答弁もよく似ているのである。たとえば、80年代、孤児院では孤児を死なせると医師や職員らに罰則が科されたので、薬も物資もない中、苦肉の策で、弱った子供に大人の血液を輸血した。そのときの注射針も使い回しなので幼児のエイズが蔓延した。それに対するチャウシェスクの答弁は、「エイズは資本主義国の病気であって、本国にはない」。

 「福島は安全」「最後の一人になるまで年金をお支払いします」「汚染水はアンダーコントロールされている」「問題ない、私が問題ないと言っているのだから問題ない」……なんかメンタリティ、似ていないか?

 ルーマニア人というのは、欧州の諸外国からみると、従順で「立ち上がらない民族」との認識があるそうで、「ママリーガ(とうもろこしを発酵させてつくるルーマニアの主食)は決して爆発しない」という言い回しがあるそうだ。これもどこかの国民を彷彿とさせる。

 チャウシェスクは国内では監視体制をしきつつ、積極的にメディア規制をした。テレビはチャウシェスク礼賛のニュースを流す番組だけ。そうやって国民をコントロールしてきた(1980年代で白黒テレビしかなかったのはヨーロッパではルーマニアとアルバニアだけ)。そしてチャウシェスクを倒したのもテレビだった。

 ルーマニアの地方都市ティミショアラで起きた蜂起が3日を経ずしてルーマニア全土に広がっていき、反乱軍がテレビを占拠して、市民に発砲する軍の映像を流すと、チャウシェスクへの反感は限度に達っし、国民の怒りが噴出した。蜂起からわずか1週間でチャウシェスクは失脚。テレビに飽きつつもテレビにコントロールされてきた国民は、テレビが別の映像を映したとき、いともたやすく靡いてしまった。

 これら一連の出来事の中で、チャウシェスク夫妻は事の重大さにわかっておらず、怒り狂って「国民の館」に集結した市民らを前に、妻のエレナは夫のニコライ・チャウシェスクの腕をつついてこう言ったという。「児童手当を増やすっていいなさいよ」。しかし時すでに遅かった。

 夫妻は国富をさんざん食い物にして税金を身内で分け合ってきた。エレナは表では国民のためと嘯き、実際は自国の国民なんか「虫ケラ」呼ばわりしていたことでも有名だ。「私はね、国民のための政治なんてものは間違っていると思います」と抜かした、どこぞのおばさんを思い出す。

 チャウシェスクはヒトラーをリスペクトしていた。ただそれは彼の思想そのものというよりは人民統制の方法についてで、ヒトラーの演説の口調や民衆操作の方法をさかんに取り入れたらしい。そういえば我が国にも「ヒトラーのやり方を学べばいい」と堂々と発言された大臣がいたな。

 チャウシェスク失政の最大のイベントのひとつ「国民の館」の建設は、ブカレストの目抜き通りにあった歴史ある建造物をどんどん壊して、青天井の見積もりで建設された。国民はパンの配給で長蛇の列をなしながら、それでも卵一個まともに手に入らない生活を強いられていたのに……。これもオリンピックを口実に、ばんばん破壊しまくり、都市開発という名の建設利権をほしいままにしている、現在の我が国を彷彿とさせてしまう。

 蜂起から約3週間後、裁判にかけられ、6万人を超す殺害、経済崩壊、国富喪失、不正蓄財…その他さまざまな罪状で死刑判決が出たときもチャウシェスクは強気で「ルーマニアの歴史においてこれほど進歩した時代はない!」と宣っていたという(何の根拠があるのか知らないが「ナントカミクスの経済成果」をさかんに吹聴し、「またあの混乱の時代に戻すのか(旧民主党政権時代のことらしい)」しか言わないナントカ総理みたいである)

 ルーマニアのマンホール生活者の記録なんて、日本とはまったく関係ない日本人が知る由もない世界だと思い、そのつもりで手に取ったのだが、まったく関係ないどころか、あちこちに現代日本を見るようで、そっちの方が印象的になってしまった。



by 2525komakoma | 2017-07-15 19:00 | 書評・映画

酒と旅が好きな女。近著は、ふとしたきっかけでやることになった生命保険営業の仕事について書いた「生保レディのリアル」。


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