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【書評】黒いチェコ 増田幸弘著

 次回、ヨーロッパに行くときはプラハに行きたいと思っているので、チェコ関係の本を読んでいる。

 おとぎの国みたいなチェコ、ロマンチックなチェコ、美しい絵本や雑貨の国としてのチェコの本はたくさんあるが、ダークな側面も含めての本物の歴史に触れることのできる本は少ない。

 というわけで読んでみました。「黒いチェコ」。

 
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 チェコ(昔のモラビア、ボヘミア)はヨーロッパのちょうど真ん中に位置していることもあって、ヨーロッパ史の、いろんな出来事に絡んでいたりするのだが、日本人がヨーロッパ史を紐解くときは、たいてい、フランスやイギリス、ドイツを基軸にして見るものだから、この本みたいにチェコ(つまり昔のボヘミア、モラビア)の視点から歴史を眺めているものに触れると、それはそれで新鮮であった。知らなかったこと満載で面白かった。

 加えて現代史になってくるとさらに知らなかったことばかり。

 たとえば「死の行進」。「死の行進」といったときそれは、ナチスにより迫害されたユダヤ人たちが強制収容所まで追い立てられる一連の出来事を指すが、私はこの本で始めて知ったのだが、死の行進は何もユダヤ人だけではなかったというのだ。
 
 ナチスドイツに勝手に併合され、甚大な被害を受けたチェコでは、ナチ失脚とともに、その“報復”が始まった。つまり、今度はチェコに住むドイツ系住民が迫害されだしたのだという。終戦のどさくさに紛れて処刑されたドイツ系住民は2~3万人ともそれ以上ともいわれ、戦後の臨時政府は、ドイツ系住民に対し荷物は50キロまでと限定し、彼らをチェコから追放した。彼らの大半がドイツにたどり着く前に死亡したという。つまりドイツ人たちもまた「死の行進」をさせられたのだ。もちろんドイツ系住民といっても、中にはナチスに協力した人もいただろうが、大方はただドイツ系だというだけで追放された。彼らドイツ系住民はユダヤ人同様、もう何百年ものあいだ、チェコに暮らしていた人々だ。 

 当時のドイツ系人口はざっとチェコ全体で2割強くらいで、フランツ・カフカがドイツ語を話すチェコのユダヤ人だったことからわかるように、ドイツ系でなくともドイツ語を話すひとも多かったという。それが現在では0.4%としかいない理由はそういうことらしい。

 知りませんでした、こんなこと。

 チェコを代表する観光都市で、まるで「おとぎの国にきたような」美しい街・チェスキークルムロフはもともとドイツ系住民の代表的な街で、おとぎの国ような美しい街並みはドイツ人たちが作ったものらしい。事実、建築様式はドイツ風だ。それが戦後のドイツ人追放で、チェスキー・クルムロフは廃墟となった。

 長らく廃墟となっていたチェスキークルムロフが蘇るのはビロード革命後で、政府の政策で、ロマの定住策の一環としてロマがここに定住させられ、ドイツ人が作った美しい街並みを生かして、観光名所として再構築されたという。

 こんなことは旅行のガイドブックにも載っていない。チェコ大使館のホームページにも載っていない。チェコ大使館のHPでは、ナチス侵攻によってこの街はいつしか廃墟となりその後復興しましたみたいなことが書いてある程度だが、共産権時代、チェコはこのドイツ人追放という自国の知られたくない歴史を、教科書から削除したのだという。だから若いチェコの人たちは、自国のドイツ人迫害のことをあまり知らないらしいのだ。

 チェコの田舎の街・ズーリーンは、世界ではじめてスニーカーを作った、(あるいは布製の靴の大量生産をはじめた)バタという企業が生まれた町だ。

 男たちが出稼ぎにでるしかないような貧しい生まれ故郷に産業を興すべく、バタの創業者はここを一大製靴産業の街にし、先進的な試みをたくさん取り入れた。ル・コルビジェ設計による社屋と社宅を作り、まるで近未来都市のようになった。

 しかしナチス侵攻によってズーリーンの繁栄は終わりを告げ、戦後の共産党政権は、バタを戦中にナチスに協力したという罪で、創業者一族を追い出し、会社を勝手に併合して国策会社にしてしまった(もちろん、協力というより、ナチスドイツに表向き従っていなければ徹底的に破壊されたので、どの企業も“協力”といえば協力していたのであり、これは単なるいいがかり)。

 こうして共産党時代に、かつての未来都市ズーリーンはどんどん衰退していき今では“廃墟”のようになっているのだという。

 近未来都市が廃墟になっているサマはそれはそれで見ごたえがあるらしい。

 


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by 2525komakoma | 2018-03-02 08:00 | 書評・映画 | Comments(0)

酒と旅が好きな女。近著は、ふとしたきっかけでやることになった生命保険営業の仕事について書いた「生保レディのリアル」。


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